東福寺にまつわる伝説のお話 ~鰭ヶ崎の地名の由来~ その2 H29.12.12

こんにちは。興和流通商事株式会社の丸です。

お休みの守岡に代わり 今日もブログを担当させていただきます🎶


早速、昨日の続きから。。。
え?タイトルの鰭ヶ崎の地名の由来はどうなったかですか?


それは 後々ご紹介致します。🙇もうちょっと お待ちください~

さて 三尸(さんし)が自分の体から出ていかないように、
庚申待ちをする風習は 始めは貴族に信仰され 
民衆にも伝わっていったとのこと。

庚申待ちを三年続けた記念として 建てられたものが 庚申塔(こうしんとう) で、東福寺にも 板碑青面金剛の石像などが残されているそうですので
探してみるのも楽しそうですね。(⋈◍>◡<◍)。✧♡





気合いを入れて 急な石の階段を登った先の赤い門には 守龍山 の文字。東福寺の 山号(お寺の名前の上に付ける称号 もともと 寺は山に建てられることが多かったので、その山の名前で呼ばれたそうです)です。。。
カッコいいですね💕


お寺の名前の由来は 弘法大師が 龍王の願いで寺を建て、永くこの地を守り 福をもたらすよう 
守龍山 東福寺となったとのこと。

段々 核心に近づいてきました(≧◇≦)

赤い門はお寺を守る金剛力士(阿像・吽像)を左右に持つ仁王門でした。
大きな 丸い目がこちらをしっかり睨んでいますー((+_+))ちょっとコワイー。

門を抜けて、右側に見える 中門はなんと 日光東照宮 造営時に材料の一部が寄贈されたと言われているそうです。

よ~く見てみると 奥には龍の彫刻。手前は鴨?そう、この鴨にまつわる民話。。。

は次号につづく。。。。((((oノ´3`)ノ


 


おすすめ物件 - 物件検索

売地 アクセスランキング!